サマリー
放送サービスの先進国である英国は、以下のような施策を既に実施しています(日本は、これらについてやっと議論が始まった段階であり、英国から10年は遅れています):
- 通信と放送の融合
- ソフト(コンテンツ)とハード(送信設備)の分離
- 地方局の統合
このように先進的な放送サービスを実現できているにも関わらず、英国放送サービスの現状は厳しく、以下のような状況です:
- 英国政府:放送サービスにおける電波伝送を止める方向で議論している(コンテンツ制作は続けるが、その伝送はネットに移す)
- ITV社(英国民放最大手):無料放送サービス部門(広告費によるチャンネル運営等)をSKY(Comcast/メディアコングロマリット配下の英国会社)に売却しようとしている(コンテンツ制作部門は手元に残す)
つまり、コンテンツ制作については残るが、無料放送チャンネルというサービス形態や電波伝送については生き残れない(価値がない)という結果です。
日本については、英国を追うような形で幾つかの施策(放送・通信の融合、ソフトハード分離、地方局統合)が始まった段階です。しかし、英国の状況を見ると、それらの施策を進めたとしても、放送業界を救えるほどの効果は得られないと思われます。出遅れた日本としては、英国を追うような施策ではなく、まったく新しパラダイム変換を目指した活動の方が有効であると思われます。
パラダイム変換の一つとして、5G Broadcastがあります。これは、放送事業者が放送設備や電波帯域を使いつつも通信規格でブロードキャストを行うという、まったく新しい放送と通信の融合であり、大きな可能性を秘めています。電波伝送が死滅しそうな現在、5G Broadcastは放送系インフラの最後の望みとなりそうです。
英国の状況
先進施策
通信と放送の融合
電波伝送とネット伝送の垣根がなくなり、ユーザは伝送経路を意識せずリニアとオンデマンド(リスタート視聴等)を使える状況になっています。また、アドレッサブル広告のような応用技も実用化済みです。ただし、英国におけるリニア・アドレッサブル広告の売り上げは、全リニア広告のうちの10%程度しかなく、リニア広告の救世主とはなっていません。
ソフトとハードの分離
ほぼすべての放送(公共放送(BBC)、民放(ITV、Channel4、Channel5))について、Arqiva社という放送インフラ会社が伝送・送信をしています。設備の運用効率はかなり良いと言えます。
地方局の統合
英国では、最初から地方局の連合体としてITV (Indipendent TV)が設立されましたが、1980年代までは、それぞれの地方局が独自に運営を行っていました。しかし、1990年に規制緩和が行われ、地方局はまず5社ぐらいのグループに集約されました。そして、年を追うごとに集約が進み、2000年ごろには2社まで集約が進みました。そして、2004年にはこの2社も統合し、現在、ITVは、英国テレビ広告において4~5割のシェアを持つ最大の放送事業体となっています。
最近の動き
政府方針
英国の独立規制機関であるOfcom(立法化の権限無し)は、2024年7月に「Future of TV Distribution」という、放送における伝送の未来(具体的には電波伝送をいつまで続けるか?等)について分析したレポートを出しました。そして、2025年7月に「Transmission Critical: The Future of Public Service Media」という、放送サービス企業の今後について分析したレポートを出しています。
そして、2026年に日本の総務省にあたるDCMS(Department for Culture, Media and Sport、立法化の権限あり)が、「Watch this space: a new strategic direction for UK media」というグリーンペーパ(政策提言)を出し、現在、パブリックコメントが集められています。これを受けて、年内にはもっと具体的なホワイトペーパーが発行されると思われます。
ITV (民放最大手)
2026年、ITVは、SKY(親会社はComcast/メディアコングロマリット)からの買収提案に合意しました(現在は、政府の許可待ちです)。ただし、買収の対象はテレビチャンネル運営部門のみで、コンテンツ制作部門は自社に残しています。また、その買収額は、約3,470億円であり、ITVの年間広告売上(約3,500億円)とほぼ同額です。
5BSTF (5G Broadcast Strategic Task Force)
欧州における5G Broadcast推進団体である5BSTFに、英国放送インフラの最大手であるArqiva社は参加していません。そのため、英国は、5BSTFの初期ゴールである「2027年に5G Broadcastを商用化する」には乗れていません。
しかし、放送インフラ系ファンドである英国Cordiant Capitalは、傘下の放送ネットワーク事業者を通じて5BSTFに参加し、ポーランド、チェコ、ベルギーにおいて5G Broadcastを実装しようとしています。
日本が英国から学ぶべきこと
日本は、やっと「放送通信の融合、ソフトハード分離、地方局統合」などについて真剣に考えはじめた状況ですが、英国ではこれれらを既に実施済みです。しかし、英国の放送サービスは厳しいままです。つまり、これら施策では、放送サービスの凋落は止められないと言い切れます(ただし、これら施策は、放送産業の延命策としてやらざるをえない施策であるとも言えます)。
そして、もはや2流となった日本の放送サービスを、世界の最前線に戻すという視点では、これら施策の後追いではなく、まったく新しい視点での施策が重要になります。
5G Brodcast
インフラ面における大きな可能性が5G Broadcastです。これは、以下の特徴を持つ新しい配信サービスです:
- 送信元:放送タワー(例:スカイツリー)
- 送信出力:大出力(例:10KW)
- カバレッジ:広域(例:首都圏)
- 通信プロトコル:通信(3GPP)
対応するスマホ等も2026年中にはリリースされる予定であり、放送業界におけるD2M(Direct to Mobile)を実現する有望な技術です。
現在のところ、商用サービスを行っている国はなく、日本も、これから頑張ればキャッチアップできる可能性が十分あります。