放送サービスの動向2025

はじめに

放送サービスは、約20年ぐらい前にアナログからデジタルへの大きな変革がありました。そして、現在は放送サービスにおける通信利用という第2の変革期に入っています。これは、放送および通信の両産業に大きな影響を与えます:

  • 放送業界
    • 落ち目の放送サービスを、上手い通信利用により復活させられるか?
  • 通信業界
    • トラフィック爆発の原因はネットによる動画視聴。放送(最大の動画メディア)の通信利用は、大きなトラフィック増加要因

今回は、この放送サービスの通信利用について、動向を報告します。

技術トレンド

現在議論されている放送サービスの通信利用は、以下の3種類に分類できます:

  • 通信と放送の融合
    • 通信と放送の良いところを組み合わせたサービス
      • 例:インタラクティブチャンネル、リスタート視聴、放送におけるアドレッサブル広告
  • 通信による放送サービス(ユニキャスト)
    • 放送サービスをユニキャスト通信により実現
      • 例:放送のネット再送信、vMVPD、DVB NIP、ATSC 3.0 Virtual Channel
  • 通信による放送サービス(5G Broadcast)
    • 放送サービスを5G Broadcastで実現
      • 例:米国HC Broadcasting、欧州5BSTF

ここで、通信による放送サービスとして、IPTVで使用されているIPマルチキャストがありますが、現在の議論では、IPマルチキャストはオールドメディア扱いされ、縮退していくサービスだと捉えられています。実際、IPTVの加入者は減っています。この要因としては以下の二つがあります

  • ネットワーク側の大規模な設備準備が必要
  • リニア配信自体の市場縮小

補足:「リニア配信」とは電波伝送のような同コンテンツの同時送信を意味します。

通信と放送の融合

概要:メインのコンテンツ伝送は放送を使い、必要な所だけを通信を組み合わせるというアプローチ。

インタラクティブチャンネル

テレビでHTML5を実行し、インタラクティブ機能を実現するもの。

リスタート視聴

放送の視聴中に、画面のリスタートボタンを押すと、放送の最初に戻って視聴できるサービスです。ここで「最初から見る」という視聴形態については通信が使用されます。最近のDVBおよびATSC規格で可能になったサービスであり、すでに欧州および米国でサービス化されています。

アドレッサブル広告

アドレッサブル広告とは、ユーザの属性(地域、年齢、行動等)に合わせてCMを出しわける技術であり、ストリーミングにおいては当たり前の機能です。これを放送サービスで実施する場合、CM部分を通信で送信します。ただし、以下の理由で現状リニア放送では、MVPD(CATVや衛星のような多チャンネ)サービスのみで行われています。

  • CMを出しわけるには視聴者の属性情報と受信機への紐づけが必要
    • 無料放送サービスでは、テレビと受像機とID紐づけが基本無い
    • CATVの場合、受信機とID(契約者)情報が紐づいている

欧米では、いくつかのMVPD関連会社がすでにリニア放送におけるアドレッサブル広告をサービス化しています。また、規格としては、DVBおよびATSCともに存在します。

一方、地上波については現状、正式サービスをしている会社はなく、いくつかのトライアルが行われているのみです:

  • フジテレビ:ISDB+ハイブリッドキャストでアドレッサブル広告のトライアルを実施
  • ATSC:Run3TVが2025年秋にトライアルを行う予定。また、ATSCは、地上波アドレッサブル広告についてのホワイトペーパーを出す予定

通信による放送(ユニキャスト)

概要:放送サービスをユニキャスト通信で行うというアプローチ。

放送のネット再送信

多くの国で放送のネット再送信が行われています。代表例としては、英国Freelyがあります。これは、2024年4月30日に開始されたサービスで、BBC、ITV、Channel 4、Channel 5などをネット経由で視聴できます。また、Freelyの前にはFreeview Playという電波伝送とネット伝送の両方を扱えるアプリもありましたが、Freelyの登場とともに消えました(電波伝送についてはサポートしなくなりました)。また、伝送規格については、後術するDVB NIPではなく、独自プロトコルです。

vMVPD

MVPD(CATV等の多チャンネルサービス)をユニキャストで実装したものです。代表例としては、YouTube TV(日本では未サービス)があります。2025年の米国の状況は以下です

  • 米国のMVPDの約3割はvMVPD
  • YouTube TVは、Dish Networkを抜き米国第4位のMVPD

DVB NIP

放送をすべて通信で実行するための規格です。今のところサービス例は無いと思います。しかし、今年のIBC展示会においてDVBは、NIPをかなりプッシュしていたようです。

ATSC 3.0 Virtual Channel

シグナリングは電波で、コンテンツはネットで受信する規格です。電波放送の枠組みの中で、電波帯域の消費を抑え、マルチチャンネルやHDR・4Kコンテンツをサービスできることにメリットがあります。米国PBS Renoにおいて2025年1月からサービス化済みです。

通信による放送(5G Broadcast)

2015年ごろにLTE Broadcastとして騒がれた技術の後継です。当時、日本でも幾つかのトライアルが行われました。欧米では2020年ごろから活発なトライアルが行われています:

  • 欧州:8か国、約20回
  • アジア:5か国、約8回
  • 南米アジア:4か国、約8回

補足として、放送局による5G Broadcast送信には、映像伝送以外にもデータ伝送やGPS系アプリも含まれます(今回は説明を省きます。Interopの資料を参照してください)。

HC Broadcasting

この会社は、米国LPTV(Low Power TV、日本における昔のUチャンネル局相当)の最大手です。FCCに対し、LPTV放送局がATSCと同じ周波数帯で5G Broadcastの送信を許すことを提言しました。

5BSTF

これは、欧州の6通信事業者によるタスクフォースです。2027年までに6か国、総カバレッジ1.25億人の規模で5G Broadcastをサービス化するとアナウンスしました。

「テレビ配信の将来」についての議論

以上のように様々な技術アプローチにより、次世代放送の模索が行われています。一方、そもそも論である「放送サービスを今後どのように扱うか?」についての議論も行われています。

最も本質的なものとして、英Ofcom(日本の総務省相当)による「テレビ配信の将来」という報告書があります。この報告書では、電波伝送の需要は縮小しており、「近い将来に電波伝送を行う放送局のうち1社または多くが存続不可能」なる可能性を示しています。そして、電波送信の将来については、以下の3つの選択となると言及しています:

  • 電波伝送の低コスト化
  • 採算の合わない電波放送の廃止
  • 電波伝送の完全廃止

ここで、この選択肢に、電波放送サービスの高度化(アドレッサブル広告、リスタート視聴、インタラクティブコンテンツなど)が含まれていない点に注意してください。つまり、直接的な記述はありませんが、「放送の高度化には意味がなく、コストダウンのみが生き残る道」というように読める報告書になっています。英国が、どの選択肢をとるのかはまだ議論中です。しかし、数年以内には方針を決定すると噂されています。

日本の状況

ここで、日本の状況について整理します。日本で使用している放送規格はNHKが中心となり開発されたISDBです

通信と放送の融合

これについては、ATSC、DVB、ISDBともに同じような事ができ、(乱暴に言うと)規格としては似たようなものです。ただし、規格の実装状況やサービス展開については、日本はかなり遅れています。個別機能で見ると以下の状況です:

  • テレビ規格におけるVoD視聴機能
    • ATSCやDVBの実装比率は高い、ISDBの実装比率は低い(要調査)
  • アドレッサブル広告
    • 欧州・米国ではサービス化済み、日本はデモレベル
  • インタラクティブ機能
    • 米国ではインタラクティブなゲーム専用チャンネルのようなサービスも商用化されている

通信による放送(ユニキャスト)

これは、以下のような状況です:

  • DVB:完全に仕様化も終わっており、サービス化を準備している
  • ATSC:多分、現状の仕様で可能だが、サービス化の話は聞かない
  • ISDB:仕様化の議論もない

日本においても「小規模中継局等のブロードバンド等による代替」という議論がありました。しかし、対象としては小規模中継局のみであり、内容としても課題を上げただけで終わっています。

5G Broadcastによる放送

欧州・米国ともに、ここ数年、スマートフォン等をターゲットとし商用化を見越したトライアルが行われています。一方、日本においてはこのような商用化を目指したトライアルはありません。

補足:日本でも、数年前にCATVのラストワンマイルにおける5G Broadcast使用という特殊な使い方のトライアルがありましたが、これは技術検証レベルであり商用化の目途はありません。

ISDB規格について

現在、ISDBは、日本、フィリピン、南米で使用されている放送規格です。ただし、南米についてはマーケットをリードしているブラジルが、新規格(ブラジルTV3.0)においてATSCを採用することを決定したため、南米についてはすべてATSCに移行するとみられています。

おわりに

世界では、放送サービスについて本質的かつ先進的な議論やサービストライアルが行われています。一方、日本の状況としては以下です:

  • 通信と放送の融合:完全に出遅れ
  • 通信による放送:まともな議論さえない

その結果、放送規格であるISDBは、ブラジルにも見捨てられ、またガラパゴスになりそうです。

そして、放送サービスの停滞は、通信インフラの停滞にもなります。つまり、今後のトラフィック増加の最大の要因は「放送の通信への本格移行」となりそうですが、日本はこのトレンドに乗れていません。日本は一番最初にトラフィック増加が止まる国になると思われます。

個人的には、ISDBなんてオワコンなんだから、5G Broadcastに移行すれば良いのにと思います。さすがに全面移行は困難ですが、真摯に取り組むべき課題です。

参考文献

この文章は、Interopで喋った内容とそれ以降に調査したいくつかの資料をベースにしています:

また、取り扱った内容へのリンク集はInterop用のものをお使いください:

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