サイマル配信のコスト


規制改革委員会の答申に刺激されて、テレビ放送の伝送を電波からネットに置き換えた場合のコストについて試算してみます。

単純配信コスト

まず単純な計算から始めます。配信コストは配信単価*総配信量になり、乱暴な計算になりますが、平均視聴時間から算出すると、以下のように日本全体で放送を配信に置き換えるための費用は、2,351億円/年と算出されます:

  • 放送の配信への置き換え費用:2,539億円/年 (1円* 253,865,000,000GB)
  • 前提
    • 配信単価:1円/GB
      • 配信相場(大規模)を切りの良い数字にしたもの(高め)
    • 総配信量: 253.9EB (253,865,000,000GB)
      • 配信ビットレート:10Mbps(4.6GB/時間)
        • フルHD相当を切りの良い数字にしたもの(多め)
      • 国内総視聴時間/年:552億時間 (55,188,000,000時間)
        • 視聴者のTV平均接触時間2.7時間/日※1に世帯数5,600万をかけたもの(少な目)
        • 2.7時間*365日*5,600万世帯

2,539億円といいうのは、テレビ放送の市場規模(約3兆円※2)の約7%に相当する額であり、ちょっと?高い印象を受けます。しかし、ネット配信の単価は10年で1/10程度下がっており※3、2030年ぐらいになれば200億円程度にまで下がる可能性を加味すると、可能性のある費用とも思えます。

しかし、実際にはいくつかの問題が潜んでいます。次節から議論していきます。

議論

以下の二つの視点での議論が必要です:

  • 受信費用(ネットワークインフラのただ乗り問題)
  • 配信規模(設備限界を超える規模の配信)

受信費用

通信と放送の大きな違いの一つとして、インフラを支える費用の送信者、受信者の負担率があります。端的には、放送は送信費用が高く、通信は受信費用が高くなっています:

送信受信
放送高い(大規模な運用費用が必要)ほぼゼロ(機器の購入費のみ)
通信単価でみると安い(1円/GB)送信費用の100倍以上(200円~1000円/GB)

例えば、ある映像コンテンツを1GBあたり1円で送信できたとしても、スマートフォンのモバイル受信には、1GBあたり200円~1,000円※5の費用が必要です。そのため、モバイル向けに1Mbpsまで帯域を絞った送信にしても、消費者は1時間あたり0.46GB(90~460円)の通信費用を負担しなければなりません。

また、固定網の方は、固定料金(光ファイバーの場合、年間6万円程度)となっており、放送コンテンツのネット受信による通信量が少々増えても消費者に対する負担は増えません。また緩やかに通信量が増える分には、ISP等における既存の設備増強費用で吸収できますが、増え方が急すぎると受信側の設備に対する予定外の増強が必要となり、現在の料金ではすみません。この点について、次に議論します。

配信規模

現在の国内インターネットのピークは12.6Tbps※6程度です。一方、テレビの総視聴率を30%と仮定すると最大1,680万同時視聴となり、10Mbpsで配信するとなると、168Tbpsの帯域が必要となります。つまり、今のインターネットを13倍程度まで拡大させないと、放送の通信による置き換えはできません。さらに、配信単価1円(受信費用に対して1/100以下の費用負担)というのは、配信と受信の微妙な力関係の上に成り立っており、急激な送信側の需要拡大に対しては、配信側が大きな費用負担を行う必要があると思われます。

固定網とモバイル網

単価から計算すると、成り立ちそうに見えた通信よる放送の置き換えですが、受信費用および配信規模の面で、かなり困難な道のりです。もう少し深く考察するために、固定網とモバイル網に分けて見ていきます。。

固定網

現在のインターネットはそれ(12.6Tbps)を支えるために8兆円程度※7の産業が必要となっています。それに対し、高々3兆円程度しか市場のない放送のために、その13倍の帯域(費用)が必要というのは、まずあり得ません。ただし、マルチキャストのような放送的な配信方法を利用すれば、必要な帯域はそれほど増えません。マルチキャスト等を上手く利用できれば、放送の通信による置き換えの可能性は残ると考えます。

モバイル網

モバイル網は従量課金であり、月間の使用可能容量についても、ローエンド向けプランとしては1~7GB程度しかありません。つまり、消費者が放送をモバイル網で気兼ねなく楽しめるような状況ではありません。

そのため、放送事業者は、スマートフォン向けに帯域を落とした配信を行い、かつ、モバイル通信料を放送事業者側が支払う(スポンサードデータ※8)必要があると思われます。例えば、映像の帯域が1Mbpsだとすると1時間あたりの容量は0.46GBであり、受信単価が100円/GB(スポンサードデータによる大口割引)だとすると、1時間あたりの46円の受信費用がかかります。46円/時間といいうのはチャレンジングなコスト負担であり、パーソナライズやジオターゲティングなどによる広告単価の引き上げを行ってもきついコストだと思われます。ただし、モバイル網にもマルチキャストに相当する技術(LTEブロードキャスト、5Gブロードキャスト)があり、また5G化により、3G⇒4Gの時に受信単価が1/10以下になったのと同様の価格ダウンが起これば、スポンサードデータの実現可能性も出てくると思われます。

まとめ

放送の通信による置き換え費用は、単純計算だと2,539億円程度となりますが、その裏には受信費用問題(受信側には送信の100倍のコストが必要)や配信規模問題(現状の13倍の帯域が必要)が隠されています。この解決には、以下のような新しいモデルの実現が必要になると思われます:

  • 固定網マルチキャスト、モバイル網5G、LTEブロードキャスト使った効率的な配信
  • パーソナライズやジオターゲティングなどによる広告単価の引き上げ
  • スポンサードデータによる受信費用の補充(上記広告収入の消費者への還元)

補足

  • ※1:平均視聴時間 159.4分/日
  • ※2:テレビの市場規模 3兆円
  • ※3:ネット配信の単価は10年で1/10
    • 著者の経験値。
    • それ以外の根拠としてはIXのトラフィック:IXの売り上げは10年たってもそれほど増えないが、取り扱うトラフィックは10年で10倍(20年で100倍)になっている:
  • ※4:消費者が負担する受信費用は送信費用の100倍以上
  • ※5:モバイル網の1GBあたりの単価
  • ※6:国内ピーク
  • ※7:国内市場規模
  • ※8:スポンサードデータとゼロレーティング
    • ゼロレーティング:動画サービス等へのパケットを無料化するプランで、国内でも広く行われています。しかし、無料化といいつつも、そのコストは回りまわって消費者が支払っています(例:モバイルサービスの販促費、統計多重的に使っていないユーザのパケット量等)。そのため、このプランでは、消費者がパケットを使いすぎると破綻します。
    • スポンサードデータ:海外の一部地域で行われている、パケット利用料を配信サービス側が支払うプランです(国内ではサービス化されていません)。通話におけるフリーダイヤルのパケット版になります。このサービスの場合、基本となるビジネスモデル(パケット消費に対する効用(売上もしくは費用逓減)が必要となり、その効用がパケット料金を賄うかたちで無料化が行われます。このプランでは、効用が成り立つ限り、パケット消費量が増えてもプランは成立します。また、配信サービス側が購入するパケット料金は、大口割引が適用され、一般ユーザ向けの単価よりも安くなります。
  • ※9:マルチキャストの現状
    • 固定網バックボーン系:NGNは対応しており、NTTぷららの「ひかりTV」サービスで普通に使われています(専用STB向けサービス)。しかし、PC、スマートフォン、そして一般テレビではいくつかの課題があります。

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